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やさしさ。



昨日から、
人の優しさに触れることばかり。

丁寧に、
それはそれは丁寧に、
時間をかけて私の原稿を読んでくださったであろう方と、
その方から渡された文字がいっぱいの紙。

間に入り、
めんどうばかりを背負ってくださったあげく、
ヒントになることを投げかけてくださる方。

彩りよい和弁当を、
ランチにどうぞと、
朝、
届けてくれたバリバリに働いている妹。

そして、
ふがいない報告をしたら、
こんな言葉をくれた方。



人生はワンツーパンチ
 汗かき ベソかき 歩こうよ~
貴方の歩いた その後は 
きれいな華が咲くでしょう♪

三歩進んで二歩下がる~ってことで
明るく
 よ~んな よ~んな 進みましょう



ずっと、
応援してくださっている方からの言葉が、
最後のパンチ。

いただいた気持ちを裏切ることなく、
丁寧に、丁寧に、
とりくむべし。

思いつく限りの努力をしなくては。








by dokoshima | 2018-09-06 18:20 | 那覇暮らしな日々のこと | Comments(0)

豚肉売場。



北ベトナムの山奥、
バックハーの市場は、
本当に、
台所番長の心をくすぐる食材がいっぱいで、
食いしん坊な方には、
きっとたまらなく魅力的だと思うのです。

シャーシャーッと、
包丁を研ぎ、
豚肉を細分化する女性。




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肉の、美しさよ!

美しかった。

売る人も、
買う人も、
真剣。

ここでは食べ残し、
などは、起きないと思うのです。

そして、
やっぱりここでも私は、
〈沖縄と同じ〉を感じて、
ほっとしました。

買い物をして、
料理をして、
食べたい、食べさせたい。

そう思った市場でした。









by dokoshima | 2018-08-07 16:21 | 旅する * 海外 | Comments(0)

いただいた、気持ち。


お時間をいただき、
とある方にお目にかかったのは、
2週間くらい前でしょうか。

場所は、
午前中の、
旅の方々が出払ったあとの、
閑散としている、
ホテルのロビーラウンジ。




ところで、
この1、2年、
私はバカだな~、と、
しみじみ、つくづく、重ね重ね、節々で、思う機会がありました。
そして、
分不相応とか、分をわきまえる、という言葉を思ったりもしました。
一方で、
バカだからと諦めると、なにもできないな~、してはいけないことになるな~、とも。

そんなことを思っていました。




で、
このようなことを口にしてからだったと思うのですが、
「でも、バカにしかできないこともあるのではないか?
 最近は、そんなことを、思ってみたりもするのです。」
と、言ったら、
その方は、
「治華さん。自分のことをそういう風に言うのは、良くないと思います。」と、
まっすぐに、私の目を見ておっしゃられたのです。

このことは、
私には、とても新鮮なことでした。
で、なんとなく、
頭から離れない言葉となって残っています。

だから、ここに書きました。

でも、消化、はできていません。

なので、
このあとに、オチ、はありません。

でも先日、このブログに書いた、
昔のブログに残した言葉、と重なるのかな、と、
たったいま、ふっと、思いました。




もう少し、
続きます。




じつはこの方、
まるでコウノトリのように、
私の原稿を、某所へ運んでくださったのです。

そのお気持ちに、
心より、
御礼申しあげたいなと。

なかなか、
この、
ありがたいなと思う気持ちは伝わりにくいのではなかろうかと思うと、
ああ、もどかしい。




ありがとうございます。




この気持ちを、
ここに残しておきたくて、
書きました。






by dokoshima | 2018-08-07 12:51 | てくてくと取材 | Comments(0)

ベトナムの山奥で、バナナに安堵。

この写真も、
2014年4月に、
ベトナムで撮ったもの。

ああ、バナナか、
とフラットに思われるであろう写真。




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でも、この写真を撮ったときの私は、
このとき、
ものすごくこのバナナに、
ほっとしているのです。

ああ、バナナだ。
同じだ!、と。

なんだか北ベトナムのずいぶんと山奥まで来て、
さらにその山奥の奥まで、
リクエストして、
連れてきてもらったはいいものの、
やはりほんのりと、
いやそれなりに、
不安にもなるわけで。

だから、
同じ、を見つけ、
ほっとしました。

で、撮りました。

バナナ、
女たち。
旅していて、
このふたつにほっとしたのは、
同じ、を感じて安堵したのは、
思えばこの旅が初めてだったと。

と、いまさらながらこうして振り返ってみて思うわけだから、
時が経ってから振り返る、こともまた、大切なのだなと。


もうひとつ。


わたしは、
同じ、とバナナに親近感を覚えて安堵したけれど、
いま53歳の那覇生まれ那覇育ちの夫に聞いてみたらば、
子どもの頃に、
道端にバナナが生えていたという覚えはない、と。


いまでこそ沖縄では、
校庭だったり、
道端だったりで茂り、
実っているバナナですが、
この光景が普通になったのは、
もしかしたらわりと近年なのかなとも。

そうして考えてみると、
バンシルーとかシークワーサーという呼び名が、
バナナ、にはないなと。

バナナはバナナ。

いや、
知らないだけで、
なにか呼び名があるのか?

思いをめぐらせるって、
楽しい!





by dokoshima | 2018-08-03 10:36 | てくてくと取材 | Comments(2)

バナナの花を食べる。



これ、
バナナの花です。
どっしり。



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観賞用ではなく、
野菜売場に並んでいた食材としての、
バナナの花。

周囲に並べられたシダの若芽も、
じつにおいしそう。

ニンニク醤油で炒めるのかな?
卵とじかな?

台所に立ちたくなる、
そんな市場でした。



バナナの花、
沖縄では食すると聞いたことはありませんが、
ここベトナムでは、
料理店のメニューにのっていました。

でも、注文する機会を逸してしまい・・・。
一度、
盛り合わせプレートに一切れ添えられていたのですが、
猛烈にえぐくて。
食後、
口のなかがガバガバするような感じで。

でも、
きっときっときっと!、
鮮度とか、調理法とか、あく抜きの方法とかで、
おいしくなると思うのです。
筍、の、イメージなのではなかろうかと。
妄想、ですけれども。

いつか、
どこかの国で、
バナナのお花、
食べてみたいです。



というわけで、
この写真を撮ったのは、
2014年4月に旅したベトナム北部の山奥に位置する町、
バックハーの日曜市。

沖縄の銀細工の取材を重ね、
銀細工を追いかけていたら、
ここにいた、という旅。



少しずつ、
塩漬けにして熟成発酵させていた、
温存していた、
銀細工取材の道のりで撮った写真を、
ご紹介していきたいなと思っています。

楽しんでいただけると、
うれしいです。





by dokoshima | 2018-08-01 10:13 | てくてくと取材 | Comments(2)

髪を結う。

ここのところ、
アクセスが多いのが、
2016年に記した、
こちらの記事。
首里士族の婦人の髪型に結い上げた日のこと。

こちらの記事を読んでもらえることは、
私にとって、
とてもうれしいことなので、
今日はひさしぶりにこちらの記事を、
先頭にもってきました。


◆      ◆     ◆


ジーファーのなにかを追い求める日々のなかで、
ご縁をいただき、
ついに、ついに、
琉球の、
首里士族のご婦人の結い方に、
髪を結い上げていただく機を得ました。

しかもかねてより、
着付けたときの感覚を感じてみたいと思っていた、
うしんち、

と呼ばれる沖縄式の方法で着物をきさせていただきました。
和装にもちいる幅の広い帯を使わない、
上衣を帯でしめない着方なのです。

琉球式に髪を結い上げ、
うしんちで着付けると、
後頭部の髪の流れと、
着物の布の流れがシンクロし、
目にも風を感じ、
実際のところ涼しいと聴き、
ジーファーに、
沖縄の銀細工に魅せられ取材を重ねてきた以上、
一度は琉球の髪型と、
琉球の着こなしとをしてみたいものだと思っていたのです。

ただ、
四十二歳という年齡がこういうときなかなかにジャマをするもので、
気恥ずかしさを覚え踏み出せずにいたし、
それともうひとつ、
もしもこういう機会を得るとするのならば、
いまのような大規模な観光的視点が幅を利かせる前の姿を再現してみたいと願っていて、
ゆえに、
思うままに何年も過ぎてしまったのです。

そうしてついに先週末、
この願いがかなったのです、
すばらしい形で。

ありがたいことです。

髪を結ってくださったのは、
国選定保存技術「結髪(沖縄伝統芸能)」保持者の小波則夫先生。
昭和五年のお生まれとのこと。

恐れ多いことです。
本当にありがたいことです。



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髪にはたっぷりと椿油をなじませます。
それはもうたっぷりと贅沢に。

わたしの髪はいま、
腰のあたり、
お尻のあたりまで伸びていて長さもわりとあるのですが、
くわえて私は髪の毛の量がかなり多い方でもあるのですが、
それでも、
結い上げるためには髪が足りないので、

入髪(いりがん)と呼ばれる髪を足します。




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全部ご紹介すると長くなるので、
途中は省略します。

簪は、
「金細工またよし」のジーファー(女性用)を貸していただき、
さしていただきました。




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琉球の士族階級の婦人の髪型に結い上げていただいたのですが、
左右対称ではないのです。

どの角度からみても表情がある、
それが琉球の髪の結い上げ方なのだそうです。

その、美しい流れを丁寧につくりだします。




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右の後ろがぺたりと左側へと倒れているのが、
おわかりいただけますでしょうか。






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結っていただく時間は、
心地いい時間でもありました。

一箇所だけ、
紐で結わえるのですが、
これはもう本当に驚きだったのですが、
痛くないのです。

わたしはてっきり、
もっとギュッときつく結わえるものと思っていたのですが、
頭がとても軽やかなのです。

結うことによりテンションがかかるのは、
わずかにおでこの生え際の中央あたりだけ。




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それからこれは、
こうして撮らせていただいた写真を拝見していて気がついたことなのですが、
先生の指先がとてもきれいなのです。

爪のこの美しさ・・・。

椿油に触れ続けていらっしゃるからでしょうか・・・。






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さて。

このブログをご覧になってくださっている皆さま方とは、
もう長いおつきあいなので、
大胆に、
わたしの写真を載せてしまいますね。

なかなかのべっぴんさんですね。
ぷぷぷ。




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・・・。

上からみると、
こんな風。





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右後ろから見ると・・・。






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左後ろから見ると・・・。
ふっくらとしています。





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最後は勇気を振り絞って、
守礼の門の前にて。
那覇市民につき、
ここで写真撮るのはなんだか気恥ずかしいのですが・・・。




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もうこうなってきたらなんだってできちゃいます。






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なお琉球婦人の髪型といっても、
さまざまな形があります。
地域によっても、身分によっても。
時代によっても、いろいろあることでしょう。

今回こうしてご紹介したのは、
首里の士族のご婦人の髪型です。

奥深いのです。


後半の自分写真は恥ずかしいのでちゃかしましたが、
こうして髪を結っていただき、着付けていただき、
外を歩いてみて、
心底感銘をうけました。

南の島である沖縄には、
やはり太い帯でしめる和装ではなくこの着方がふさわしい。

そして琉球の髪型とは本来、
こんなにも風を感じる軽やかな結い方だったのです。

コテコテに固めた、
がっちがちの髪型ではないのです。

沖縄の風をまとう。

それが沖縄の着こなしであり、髪型でした。
心底美しいと思いました。


やはり結ってみなければわからぬことがありました。

そして、うしんち姿にもしていただき、
これもまたこうして着てみなければわからぬことがありました。


本当に、ありがとうございました・・・。


★こののち、
 髪を切りました。
 そのときのことはこちらに。
   ↓
 ヘアードネーション
 http://nutigusui.exblog.jp/22843008/



(上記の記事を書いた日* 2016年1月20日。19時58分)





〈 2003年の拙著、引き続き絶賛発売中(笑)♪〉

拙著『島を旅する』(発行・南方新社)の、
宣伝をさせてください。

この本には、20代後半に、
日本の島々を旅した日々を記しています。

この頃の旅のひとつひとつが、
いまの私の土台を築いた。
45歳のいま、そう、感じています。

いまさらですが先日読み返してみて、
この日々に、
暮らすこと、生きることを、
教えてもらったのだなと。

お手にとっていただけると、とてもうれしいです。









by dokoshima | 2018-07-23 08:40 | てくてくと取材 | Comments(12)

残念会と優しさと、むじゃきな娘。


ブログをご覧くださっている方は、
わたしがもう何年も、
銀細工、ジーファーと、
つぶやき続けていることをご存知かと思うのですが、
その原稿絡みで、
残念なお知らせが届いたのが、
先週末のことでした。

無謀な挑戦ながら、
恥ずかしながら、
1ミリくらいは期待するワタシがいたのも本当で、
それなりに、
きちんとションボリ、
胸がキシリと痛みました。

で、
夫、
妹、
娘、
姪っ子と、
残念な結果をお知らせするうちに、
キズは生々しくなるもので・・・。

姪っ子は、
抱きしめてくれました。

娘は、
「点数をつけた人がよっぽど頭がわるかったのサー」と、
暴言を吐き、
落ち込んでいるカアサンではありますが、
教育的指導をいれました。


で、
この夜、
残念会をしてくれたのです。

主催&参加者は、
親族(笑)。

きっと、
根が、
陽気なのだと思います、
我が一族は。

会場に選ばれしは、
まさかの国際通り添いの、
あの巨大なT字交差点にある「サムズ」。



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導かれたのは、
通りの沿いのお席。

うしろのブラインドを開けると、
大変見慣れた風景がひろがり、
一同大笑い。

たぶん、
ウチナーンチュは、
なかなかこの店のこの席で、
食事をしないと思うのです。

たまらなく、
楽しかったです。
すっかり見落としていた、
楽しさと再会した気分でした。

目前を、
観光バスが通過したりするのですが、
信号待ちで団体旅行者を乗せたバスが停まると、
旅の方たちと目があうのです。



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船を模した店内には汽笛が響いたりで、
子どもたちも興奮気味。
もちろん鉄板焼きステーキの「サムズ」名物、
コックさんによる、
胡椒や塩の容器投げのパフォーマンスもキレキレで。
母さんも、
あんな風に台所に立とうかな、と思いました。
あのときは。


まあ、
そんなわけで、
それはそれは楽しく、
残念会は行なわれたのでございます。


しかも、
過日ご一緒した方から、
この日、
身に余るお話しが届きました。
わたしに、この原稿にまつわることを語る場、をくださるというのです。

具合がわるくなりそうなほどに緊張するお話しなのですが、
そして実現するしないはまた別として、
わたしのことを気にかけてくださり、
おそらく、
はたらきかけてくださり、
貴重な場を提供してくださるとのお話にたどり着いたことと察せられ、
ただただ、
ありがたいなと。
思いが、
沁みました。



それでカアサンは、
皆の優しさを糧に、
まだ諦めないぞと老体に鞭打ち、
書き直しを進めていた原稿をプリントアウト。



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たとえば、
戦前戦後を生き抜いたジーファーの作り手であるクガニゼークたち取捨選択に、
彼らが作ったジーファーを髪に挿していた女たちの取捨選択に、
そういうことを書きとめたわたしの原稿に、
興味をもってくれそうな気がしないでもない出版社に、
送る準備をすすめたのです。

問題は、
この先なのです。

報告したのです、
娘に。

次なるアクションのことを。



カアサン「娘よ。カアサンはあの原稿を、別の出版社に送ってみるね」

娘「そうなんだ。また残念会できるの?」



・・・しないし(怒)。

残念会=大変楽しいもの、
という公式が、
娘の脳みそには刻まれたようで。

感動的な話しでは、
けっして終わらない、
我が家。

ふんっ。

カアサン、ガンバルモン。





by dokoshima | 2018-07-12 09:58 | てくてくと取材 | Comments(4)

小さなジーファー。



何年か前に、
私の手元にやってきたジーファー。


ジーファーとは、
沖縄の、おもに、女たちが、
結い上げた髪に挿していた簪のこと。


いまはおもに、
琉舞を舞う方々が大きく結い上げた髪に艶やかなものを挿しているけれども、
私よりも少し年輩の方に伺えば、
「おばあちゃんは髪に挿していたよ」と、
おっしゃられる方も多く・・・。


昭和の時代には、
ジーファーは、
そうでない方もいらしたものの、
人によっては、
日常の簪だったのです。


小さいながら、
材は銀ではないながらも、
じっと見れば、
丁寧に作られていることが伝わるこの写真のジーファーが、
わたしはとっても、
いとおしくて、
そばに置いていました。





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・・・結局私は、
何年も、
このジーファ―の取材を続けてきたのですが、
続けてきたいま、
さらにもっと最初手にした頃よりずっと、
このジーファーがいとおしく感じられていることを、
感じています。


どなたが作り、
誰の手に渡り、
使われ、
どこでどのように朽ち、
どんないきさつを経て、
ここにあるのかなと・・・。




by dokoshima | 2018-06-25 14:40 | てくてくと取材 | Comments(0)

『ペルリ提督 日本遠征記』



『ペルリ提督 日本遠征記』
訳 土屋 喬雄 玉城肇

岩波文庫




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ジーファーのなにかを追いかけて、
じたばたする日々のなかで、
手にした本です。

娘が小学校入学前の、
なにかの検査に行くときに待ち時間にせっせと読んだ記憶があるから、
・・・あれは、
だいたい4年前ということになるのかな。

4冊入手して読み始めたら、
まあ、
おもしろい、
おもしろい。

一回目は、
ざーーーーーーっと、
がつがつ読み。

で、
2度目、
3度目と読み返したら、
こうなった。




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玉手箱。

ひさしぶりに手にして開いてみたら、
なかに貼られた付箋含め、
付箋は、
もはやおごちそう。

楽しくってしょうがない。

琉球の人々が、
髪にジーファーを挿していた頃を旅してみたいと思う私には、
ドキドキの連続の本だったなと。



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ちなみに、
たった一ヶ月だったのですが、
学生時代、
練習船に実習生として乗ったことがあるのだけれども、
簪という視点から離れ、
この船乗り的な視点から読んでも、
おもしろいなーと思うくだりは満載でした。

たとえば、
日本へ上陸するメンバーを決めるとき・・・。



多くの士官及び部下を籤引きで選抜した。
((二)の、P231)


え?

上陸者を、
くじ引きで決めるんだ・・・。

その日、
そのタイミングが休みだった船員ではないんだ?

くじ引き・・・。

これって、
なんだかビミョー・・・。


もうひとつ。
この記述より、時間的には前にあるくだりなのですが、
読んで、
とってもスッキリしたことがあるのです。


先にも書いたように、
ジーファーを日常的に髪に挿していた方々がいた時代を旅したくて、
何冊か、
異邦人たちが書き残した航海記のたぐいを読んだのですが、
そのなかの一冊、
「バジル・ホール大琉球島航海探険記」という本の、
P24に、
つまり、
わりと冒頭の方に、
こんな文章をみつけました。

・・・彼らの船が、
琉球へやってきた、
その初めの方の場面なのですけれども。



午前中、
船と岸との全空間は、
それぞれ十人位乗ってゐるカヌーで一杯であつた。

吾々の船を訪問する連中が後から後からやつてきて
又直ぐ退船するので、カヌーは絶えず行つたり来たりして、
実に賑やかな光景であつた。

かうして來船した人数は恐らくおびただしいものだつたにちがひない。

來船した人たちは船の中をどこへ行つてもよいと云われるので
非常に氣を好くしたやうだつたが、
併しこの自由は決して濫用される様なことはなかつた。

最下級の人々の態度すら、
上品で禮節があつた。
(P24*一部旧字などをひらいています。)




これが、
とても不思議だったのです。

船、
乗り放題だったんだー、と。

船は、
船乗りたちにとっては家。
命を託する、
一蓮托生の家。

そこに、
初見の人々を、
続々と乗せる・・・!

まあ、
現代でいうところの、
船の一般公開的な感じといえば、
そうなのかもしれないけれども。
(非公開部分が普通はあるけれども・・・。)
まずは、
胸襟を開いてみせる、
という意味なのかもしれないけれども・・・。

でも、
なんとなく、
航海記的な文を読むうちに、
こういう場面の数々が、
ひっかかっていたのです、喉に。

やたらとフレンドリーなこの感じは、
いったいなんなのだろうかと。

そして、
この謎をとく文章に、
「ペルリ提督 日本遠征記」で、
出会えたのです。

艦隊が、
江戸湾の西、
浦賀の沖合いに停泊中の場面ででてくる文章なのだけれども・・・。



更に提督はその旗艦に対してさへ同時に三人を超えざる人にして、
用件ある者のみの乗船を許可すべしといふことを命じたのであつた。
従来はかかる人々の乗船を無差別に許すのが軍艦の習慣であつた。
((二)のP187/一部旧字をひらいています)




ああ、
こういう当時の常識が、
背景にはあったのだと。

軍艦的には、
これが国際ルールだったのかなと。
(↑ この件に関して、裏はとっていないけれども。)

そしてこの流れを変えたひとりが、
ペリーだったのだと。

何冊か読むうちに、
こうやって、
結び目がほどけるような感覚を味わうことがあり、
これもまた読書を重ねる楽しみだなと。

「ペルリ提督 日本遠征記」は、
艦隊の拠点ともいえる琉球の様子、
江戸の暮らし、
船員たち、
ボタン、
流星、
各地の衣服や髪型、
食生活などなど、
さまざまな視点で楽しめる本でした。

旧字もりだくさんではありますが、
やがて読み慣れるかなと。


ペリー艦隊の一行が、
首里城へ向う場面は、
やがて読み手の耳元で音楽まで鳴り響き、
きっと映像を思い浮かべることになろうかと。


もちろん、
日本人ふたり(吉田松陰たち)が、
船に乗せてくれ、とやってくる場面もこの遠征記に、
登場します!


なお、
読了以来、
私がとても気になっているのは、
ペリー艦隊が目的を果たし、
いよいよ琉球を去ろうかという、
最後の最後の段階のこの一文。




艦隊が那覇に碇泊中に如何なる身分のものであるかは不明だが、
琉球に在つた一日本人が衣服をまるめてそれをもち、
海岸からレキシントン号に泳ぎついた。
艦上に迎へると合衆国に連れて行つてくれと願つた。
((四)の、P210/一部旧字などをひらいています)





結局、
この人物も連れては行ってもらえぬのだが・・・。

琉球の港でも、
吉田松陰たちのように、
合衆国へ連れて行ってくれと願い出た人がいたのだ、と。

どういう人物だったのか?

この人は、
その後、
どういう人生を歩んだのか・・・。

知りたいです。

「ペルリ提督 日本遠征記」、
時間旅行を存分に楽しめる、
贅沢な本でした。








by dokoshima | 2018-06-06 11:06 | ときたま大人本 | Comments(0)

写真家 島旅作家の河田真智子氏と。

写真家で、
島旅作家の河田真智子(かわだ まちこ)さんと、
沖縄料理ランチをご一緒させていただいたのは、先週のこと。


わたしは、
物事を咀嚼するのに時間がかかってしまうので、
ようするに頭の回転が遅いので、
結局、
いまになったのですが、
今日、ふっと、思いがまとまったので、
感謝の気持ちを記しておきたいと思い・・・。


河田真智子さんとは、
大学卒業後に契約社員として働いた旅行会社勤務時代に知り合わせていただき、
島旅が大好きなお客様方へのお話し会に、
島旅の達人ゲストとしてお招きして、
来ていただいたのが、
たぶん最初のご縁だったと思います。

当時わたしは、
島旅チームに配属してもらっていて、
このチームを、
一生懸命運営していた先輩に紹介してもらい、
ご挨拶をさせていただいたのだけれども、
下っ端の私が直接お話する機会はあまりなく、
深いご縁があったというわけではありませんでした。

なのですが、
44歳になって始めたフェイスブックでふたたびご縁をいただき、
しかも折りしも河田さんが那覇へいらっしゃるタイミングが訪れ、
くわえて、
放浪時代に精神的にとてもお世話になった方々に、
いまになって、
あらためて、
とてもとても恩を感じていて、
そして、この放浪時代に支えていただいた方が、
河田さんを大切に思っていらっしゃったことを知っていたものですから、
直接ではありませんがご恩返しにもなるかなと思い、
私でもアッシーおばさんはできるはず、と、
河田さんに、
ご連絡をさしあげたのです。


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なのですが、
結果的には、
アッシーおばさんとしてお役にたつどころか、
ひたすらに私に問いかけてくださるという構図になってしまい・・・。

もう少し丁寧に記すと、
河田さんの来沖は、
今年はすでに2回目で、
じつのところ今回も、そして前回(3月)も、
旅の貴重な時間を随分とたくさんいただき、
言葉を交わさせていただきました。

お目にかかったのは、
おそらく15年ぶりくらいなのではないかなと思うのですが、
ご一緒した瞬間から、
ビシバシと会話は掘り下がり・・・。


・・・来沖中、
ふりかえってみると河田さんは、
気長に、気長に、
匙を投げることなく、
私が重ねてきた取材に対して、
取材の内容というよりも、
取材を続けた理由であったり、
取材をしてきた私の中身への、問い、を、
投げかけ続けてくださったように思うのです。


問いには、
すらすらと答えられないことばかりだったのですが、
前回も、今回も、いただいた問いは頭に残り、
考え続けてはいて(イイワケ?)、
今日、
河田さんからの問いを、あらためて手帳に書き起こしつつ、
答えのようなものをメモしてみました。

そうすると、気づかされることが、
ちらりほらり湧いてきて。


思えば、誰かに問いかけをさせていただくことはあっても、
自身のことを問われ答えることは、
あまりというか、ほとんどないままだったのだなと。

興味を持って、
率直に問うてもらえることの、ありがたさ。


これを噛みしめた時間でした。

河田さん、
私に時間を使ってくださり、
ありがとうございました。



追伸*この文章は、先日フェイスブックにアップした内容に、あらためて加筆したものです。




by dokoshima | 2018-05-31 11:49 | てくてくと取材 | Comments(2)


今村治華(いまむらはるか)の 那覇暮らし、いろいろ。


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